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今月の特集 (2018年10月)      


地方創生のヒント


~原点忘れず、発信し続けること~


 山形県鶴岡市郊外にあるイタリア料理レストラン「アル・ケッチァーノ」は、地域の活性化といえば最初に名の挙がる店です。その料理は、常に鳥海山と出羽三山に見下ろされ、日本海に臨む鶴岡の自然と、地元の生産者との深い付き合いの上に成り立っているからです。

 シェフの奥田政行さんは、和食を手掛ける両親の元に育ち、東京のイタリアンやフレンチで修業後、24歳で帰郷。ホテルの料理長などを任された後、2000年に独立。やがて「イベリコ豚など海外の珍しい食材を取り寄せていたけれど、本当においしいものは足元にある」と気付きます。翌年からは、地元のタウン誌で、地元の在来種を守る農家を巡る連載も任され、生産者とのつながりをさらに深めます。

 数年後には、鶴岡に東京の食通たちが大挙して押し掛ける店があると話題になり、『情熱大陸』(TBS系列テレビ局で放送)で紹介されます。やがて東京・銀座の物産館2階「ヤマガタ サンダンデロ」やスカイツリーにもプロデュースした「ラ・ソラシド フード リレーションレストラン」を出店。各地での講演やテレビ出演も増え、ひと頃は、あまりの忙しさから肝臓を痛めて入院したそうです。無理をしてはいないかと、ある対談で率直に伺ってみると、奥田さんは、きっぱりとこう返しました。

 「僕が応援してきた在来種やおいしい肉の農家の息子たちが、後を継ぐって言いだしたんです。そうなったら彼らも年に最低400万円は稼げるようにしたい。それまで、僕はまだ止まれないのです」

 数々の出店も、山形食材のマーケティングの場を増やしたい一心でした。体をいたわってほしいのはやまやまですが、その言葉を耳にして、私も納得がいきました。

 そんなことがあった一昨年の秋、ある対談の場で、奥田さんに『食べもの時鑑』(フレーベル館)という本をいただきました。

 早速帰りの新幹線で読み始め、一気に引き込まれました。奥田さんのあふれる郷土愛と独自の料理哲学を説く文面も、魅力的です。奥田ファンの作家は多く、これまで「アル・ケッチァーノ」の試みを紹介した書籍は、10冊を下らないですが、この豪華本は、郷土という原点にもう一度返っていくような決定版でした。

 皿の上の小さな世界が、そのまま壮大な自然美に呼応しています。美しい料理が、四季折々の表情を見せる山形の自然、その中で在来のカブを育て、湧き水でカキを養殖する人々への敬意の念そのものでした。

 美しい写真を手掛けた長谷川潤さんも、東京から鶴岡への移住者で、9年かけて写真を撮ったそうです。その『食べもの時鑑』が、昨年5月、フランスの「グルマン世界料理本大賞」を受賞しました。授賞式は、中国山東省の煙台です。

 鶴岡市や山形県にとっても、これほど地域の豊かさをアピールしてくれる一冊はないでしょう。地域の活性化を語る上で一軒の店の存在力をまざまざと見せつけた今回の受賞でした。


8年ほど前から県道沿いのカフェを居抜きで使っている「アル・ケッチァーノ」と奥田政行さん。
黒板には、その日のメニューがびっしり!


奥田政行著『食べもの時鑑』


『食べもの時鑑』の在来野菜・平田赤ねぎ紹介のページ





島村 菜津(しまむら なつ)
 ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。新刊に共著の『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(誠文堂新光社)。