トップページ > お役立ち情報コラム > 今月の特集

お役立ち情報コラム

今月の特集 (2018年11月)      

地方創生のヒント


~一つの食材と風土を掘り下げる食のツアー~

 「食文化なんか、地元の経済には何の関係があるんですか?」

 6年ほど前、とある島で年配の人にそう言われて、ショックを受けました。

 旅の主導権を握る女性は、よく魅力的な食べ物で旅の行き先を決定します。ネットのお取り寄せでブレークした特産品も数多くある中、なぜ、そう考えるのかが不思議ですが、やはり食というものの捉え方が極端に狭いからではないかと思うのです。

 2000年にイタリアの食文化を描いた『スローフードな人生!』(新潮社)。翌年から私が各地の食の旅で目にしたものはまさに食による地域経済の活性化だったからです。中でも忘れられないのが、カンパーニャ州のアマルフィ海岸のレモンの段々畑です。
 
 入り組んだリアス式の海岸には、鉄道すら通っていません。急斜面にへばりつくようにパステルカラーの住居やホテルが並び、この大変な場所によく住んでいるなという驚きの景観は、1997年に世界遺産にも登録されています。

 そして、この地域は、特産品のレモンを主役とした観光の先駆けとしても知られていました。まず、このツアーで欠かせないのは、地元の優れた語り部です。よく日本で役場の人が口にする「何々の生産量が日本一」といった雑ぱくな情報ではありません。その食材の歴史、地域の景観や食生活との関係にまで及ぶ深い話です。役場によれば、レモンはポンペイの壁画にも描かれた古い作物ですが、この海岸では、中世の頃から栽培され、現在のように急斜面に段々畑が広がったのは19世紀末。青い海に映える黄色い段々畑の光景は、内陸からの開拓団が、岩だらけの崖に土まで運んで築き上げた景観なのだそうです。

 やがて特産品として人気を博したレモンですが、1980年代から安いスペイン産などが輸入されると、栽培放棄地も増え、効率の悪い畑を捨て出ていく農家も現れます。すると土壌流出の問題も生まれ、1990年代、この景観を支える段々畑の農家を守ろうという機運が町中に生まれます。

 こうして100軒ほどの農家が初めて組合をつくり、町の役場やホテル、旅行代理店と協力、レモン・ツアーを仕掛けます。旅の醍醐味(だいごみ)は、畑見学で食材を知った後、これを快適な空間で味わうこと。地元のレストランでは、レモンのパスタや白身魚のレモン葉包み焼き、レモンケーキなどが供されます。そして土産は農家経営のレモンのリキュール、リモンチェッロ。濃厚なレモンの風味が消化を助けます。

 レモンは在来種も含めて何種類も栽培しており、温暖な地中海では年間10カ月も収穫できます。リゾート地として夏に旅行者が集中しがちなこの地域では、季節外れにも人を呼び込む格好の素材となりました。

 段々畑のレモンに引かれ、鉄道もない不便な海岸線に大勢の人がやって来ます。さまざまな特産品の土産屋や飲食店だけ巡る忙しいツアーより、一つの食材をゆっくり深く知り、生産者と風土に深く切り込むような旅が、日本でもそろそろはやる頃です。



白い迷路のような町の上の急斜面にレモンの段々畑が広がるアマルフィ海岸


大きくつんととがったレモンが在来のスフザート種(右下)。酸味が少ない


島村 菜津(しまむら なつ)
 ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。新刊に共著の『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(誠文堂新光社)。