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今月の特集 (2019年3月)      

地方創生のヒント


~短角牛を中心にスローフードな町づくりを進めてきた岩泉町~

 近頃また肉料理がブームですが、日本は濃厚飼料をほぼ海外に依存していることもあり、牛肉の自給率は10%ほどで伸び悩んでいます。そんな中、黒毛和牛が主流の国産牛の中でも、全体の1%ほどの希少な日本短角牛を味わえる町の一つが、岩手県の岩泉町です。

 短角牛は、古くから塩の運搬や農耕用に飼われてきた南部牛を祖先とし、1872年、米国のショートホーンを交配させて生まれた赤牛です。岩泉町には、現在、5軒の肥育農家がいて、夏の間、標高8001000mの広大な高原や森で伸び伸びと放牧させています。初めてその光景を目にしたときには、日本にもこんな風景があったのかとしばらく見とれてしまったものです。

 その岩泉には、2002年に発足した「スローフード岩手」があり、イタリアのトリノで開かれた「テッラ・マードレ=大地の母」と呼ばれる生産者コミュニティーの国際集会にも参加しています。希少な牛を育てる世界の農家とも交流し、その成果として、日本短角牛はスローフード協会が希少な在来の家畜をリストアップした「味の箱舟」にも選ばれました。国連食糧農業機関(FAO)によれば、現在、世界中で約20%の家畜が絶滅の危機にひんしているそうで、日本短角牛は、生物多様性保護の見地からも注目されています。

 東北5県と北海道でも短角牛は飼われており、たくさん運動をした健康的な肉というだけではなく、味わい深い赤身です。輸入飼料への依存度も少なく、お隣の山形村(現久慈市山形町)には、100%餌を自給する農家もいます。

 現在、道の駅「いわいずみ」の責任者である茂木和人さんは、この町の豊かな自然にほれ込んで関東から移住した一人です。彼らが中心となって「岩泉のスローフードツアー」を企画してくれたことがあります。おかげで、もう一つの「味の箱舟」安家(あっか)地ダイコンやどんぐり粉をアク抜きして調理する文化、天然のイワナ、神秘的な洞窟「龍泉洞」の水など、ここでしか味わえない食文化を教わりました。今では、道の駅のレストランで希少な短角牛を味わうことも、どんぐりのお菓子や山菜、きのこ、雑穀など質の高い加工品を買うこともできます。宿泊はホテルも食事のおいしい民宿もそろっています。

 ところが2014年、岩泉が終着駅だった岩泉線が廃止、2016年には台風10号の被害で9人が犠牲となりました。2012年、地元の商店街を盛り上げようと妻の茂木素子さんは、元料亭だった建物を改装し「ナドダーノ」という若手工芸家を紹介する雑貨店をオープン。毎年6月には、商店街の魅力と手仕事の楽しさを伝えるイベント「いわいずみ手仕事市」を開催し始めました。台風に負けず、「いわいずみ手仕事市」などのイベントを継続し、商店街を盛り上げています。また「南部牛追唄全国大会」「おもと鮭まつり」「大川食まつり」と祭りも豊富です。

 盛岡駅から車かバスで2時間ですが、食通を自認する方には、お薦めの町です。


道の駅「いわいずみ」の責任者の茂木和人さん。10年ほど前、2歳の長女・葉ちゃんと

 


料亭だった建物を改装し、地元の若手作家を紹介する雑貨店「ナドダーノ」。店の前に立つ長女の葉ちゃん


高原地帯で放牧され伸び伸びと育つ日本短角牛




島村 菜津(しまむら なつ)
 ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。新刊に共著の『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(誠文堂新光社)。