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みんなの人権

悪は「普通」に宿る


 先般、久方ぶりに映画を見に行きました。その映画のタイトルは『ゲッベルスと私』です。

 ナチスドイツの宣伝相として知られているヨーゼフ・ゲッベルスの秘書だったブルンヒルデ・ポムゼル(19112017)さんが103歳の時に語った長時間インタビュー(16日間、30時間)を基にしたドキュメンタリー映画です。

 映像はモノクロで、背景は黒。そのため、深いしわがより一層強調され、年齢だけとは思えない苦しみを味わってきたことを想像させる作品となっています。さらに、インタビュアーの問いは省略され、彼女に意見をしたり論評を加えない構成で、ポムゼルさんの独白証言が淡々と映し出されていきます。その証言の間に、それと関連する記録映画が挿入されて、実際はこういう状況だったということを示していきます。

 彼女の語り口は明確であり力強く、記憶もしっかりしています。さぞかし有能な秘書として働いていたであろうことが、想像できます。

 語りの基本的姿勢は、ユダヤ人の虐殺についても、強制収容所の実態についても「何も知らなかった」「私には罪がない」と強調することです。しかし、ナチス宣伝の要所に勤めていてゲッベルスの口述秘書も行っていたのだから、はっきりとした形では虐殺について知らなかったとしても、その一端については知っていたと思われます。知らなかったというよりは知ろうとしなかっただけであり、何もできなかったというよりは何もしようとしなかったという方が正しいと思います。

 また、映画の中で、彼女が感情をあらわにしたところがありました。現代の我々があの時代を振り返り、「自分なら抵抗できた」と簡単に言い切ることに言及した場面です。彼女は口調を強めて、こう言い切りました。「体制から逃れることなんて絶対にできない」と。

確かに、何をも恐れずに抵抗できるような人はごく限られていると思います。私も含めて大多数の人は確実に、彼女のようなことをするだろうと思います。政権後期になると物申すことが命がけになりましたが、でもその10年ほど前なら多くのことができたはずです。

 悪も繰り返し行っていると、異常なことと感じなくなります。悪に慣れ、習慣化すると、普通の正常な事柄に見えてくるようになります。そうなると、思考停止状態に陥り、いつの間にか大きな悪が生まれることになるのではないでしょうか。そうならないためにも、日々、自らの言動について確認し、正しい方向に進んでいるかどうか、自問自答することが大切に思います。「物事を常に批判的に見る目」を養うこと。そして、社会の大きな流れが間違った方向へと進んでいると判断したのなら、まだ修正可能な間に正しい行動をとろうと努めること。それが、社会の中で生活を営むことによって、他者に影響を与える一人の人間としての責任ではないでしょうか。

JA滋賀中央会発行『みのり』より

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