トップページ > みんなの人権

みんなの人権

居場所を求めて

 昨年、12月10日に県立文化産業交流会館で開催された「人権尊重と部落解放をめざす県民のつどい」の記念講演では、タレントのはるな愛さんが「ありのままの私がいい!!~生きづらさを乗り越えるヒントに~」と題して講演をされました。その中で、印象に残ったのが、“女の子として生きていきたいと思っていても学校でいじめられるので、学生服をを着て不良っぽいかっこうをするなど、自分の思いと真逆の態度をとっていた。それでもいじめの対象となっていた。ある人との出会いによって、自分の居場所が見つかり「ありのままの私」である「おんな」として生きていくことを決断した“とのことでした。そして、“覚悟を決めた時から、こちらから何も言わなくても、いじめの対象ではなくなった“との話には、居場所を見つけるということ、ありのままの自分を生きることがいかに大事かということを教えてもらったような気がします。
 ところで、はるな愛さんのように居場所が見つかればいいのですが、そうでない人はどうするのでしょうか。
 日本で居場所が見つけられない人の一部がタイの首都バンコクで、コールセンター(*)のオペレーターとして働いています。その人たちを取材した『だから、居場所が欲しかった』(著:水谷竹秀、出版:集英社)があります。日本で派遣切りにあった人、借金苦によって夜逃げしたきた家族、LGBT(性的少数者を限定的に指す言葉)の男女など、稼げない、先行きが見えない、認められない、家族や地域になじめない、経歴に負い目を感じる、といった宙ぶらりんな感覚の中で居場所を探し回り、たどり着いた先がタイ・バンコクのコールセンターということです。
 水谷さんの定義する居場所とは、自分の存在意義を実感することができ、「承認欲求」を満たせる空間のことです。LGBTの男性3人がインタビューを受けていますが、この3人が共通して発した言葉が「(自分の話を)聞いてくれてありがとうございます」だそうです。自分のことを話しても耳を傾けてもらえない、日陰者として生きているという思いや社会からの疎外感を持つ者にとって、自分の話をうなずきながらじっと耳を傾けてもらうだけで、喜びを感じるのではないでしょうか。他者に認められ、あるいは他者から自分を肯定されるとき、人は自分の存在意義を実感することができます。誰かに認めてもらいたいという「承認欲求」の願望を持つのは、自然なことではないでしょうか。この本に登場する人たちは、それが日本では満たされず、タイに行くことによって、居場所が見つかりました。そして彼らは皆「日本に帰る気はしない」と口にするとのことです。この言葉を聞くと、日本という国が愛想を尽かされているようで、なんとも淋しい気持ちになります。
 「ありのままの私でいいんだ」と思える心の余裕がある社会、多様性を受け入れる包容力のある社会を日本は目指していくべきではないでしょうか。

*コールセンター:通信販売の受注やクレーム処理への対応等、電話対応業務を専門に行う事業所・部門で、日本の一部の企業では管理経費が安価な海外にコールセンターの拠点を置いて事業展開している。

JA滋賀中央会発行『みのり』より

このページの先頭へ