お役立ち情報コラム

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2022年6月

家族の健康 目の疲れは眼科的病気の症状かも

 日差しが強くなると、屋外での農作業が終わる頃には、目の疲れを感じることもあるでしょう。強い光を浴び続けたり、小さな物を見続けると、目の疲れは現れやすいのです。特に、左右の視力に差があったり、合わない眼鏡を使用したりすると目は疲れやすいので、眼科を受診して適した矯正をしましょう。
 「単なる目の疲れ」と思っても、実は目の病気ということがあるので要注意です。例えば、加齢に伴い増える白内障では、目のレンズが濁って物が見えづらくなりますが、それをピントを合わせて見ようとするため、目が疲れがちです。やはり加齢に伴いまぶたが下がる眼瞼下垂では、目の上部にある筋肉でまぶたを挙上するため、農作業で広い田畑を短時間見ているだけでも、目の疲れを感じます。
 糖尿病の人は、目の疲れは糖尿病性網膜症によるかもしれません。網膜の細い血管が傷んで眼底出血を起こしていることがあります。
 目の疲れの自覚症状で特に気を付けたいのが、緑内障です。わが国では、人生の途中での失明原因の第1位です。40歳以上の20人に1人が緑内障を発症しているのですが、自覚していない人も多いのです。緑内障は目の内部の圧力が上がる、もしくは他の理由で視神経が圧迫されて部分的に見えなくなる病気です。健康診断や人間ドックで「眼底検査」や「眼圧検査」を受けることが勧められます。普段から、左右の目で見え方が異なるか、見えない部分がないかなど、見え方のチェックもしておくべきです。少しでも異常を感じたら、すぐに眼科を受診してください。
 わが国では、人生を100歳までと考える時代になりました。目の健康管理はより重要視すべきとの意見もあります。眼科的な定期検査と、症状があるときは眼科で詳しい検査を受けることで、病気の有無や治療の必要性などを検討してもらいましょう。

健康科学アドバイザー 福田千晶

お米と日本人 芳飯は丼物のルーツ

 室町時代の公家や禅宗の僧侶の日記を読むと「法飯」とか「芳飯」「苞飯」と書かれたご飯料理らしい記述が出てきます。室町時代は、奈良時代から続いた魚介を包丁で美しく切って器に美しく盛る生食の刺し身文化と、禅僧が留学先の中国大陸から持ち帰った精進物をおいしくするために、だしや調味料を駆使して焼いたり煮たりあえたりする調菜の技術が合体して、日本料理が構成された時代です。それ以前はご飯の菜に直接味付けはしていませんでした。
 その芳飯の実態を示す記録があります。安土桃山時代の奈良興福寺の子院、多聞院の記録です。1585(天正13)年3月13日(旧暦)によると、その夜来客が16人あり、小付けとして芳飯を作ってもてなしました。「豆腐、かんぴょう、こんにゃく、岩茸」を煮て汁ごとご飯に掛けて出したのです。この頃はまだ丼鉢はありません。朱塗りの木わんでした。おそらく豆腐はつぶし、こんにゃくは短冊、岩茸は戻して千切りでしょう。だしはかんぴょうの戻し汁と昆布で、味付けは自寺製のしょうゆです。砂糖が少し入っていたかもしれません。
 丼鉢の登場は元禄時代のようですが、小ぶりの丼を最初に使ったのが江戸のそば屋で19世紀初め。掛けそばに用いました。続いてうな丼。丼にご飯を盛り、その上にウナギのかば焼きを盛り、たれを掛けます。日本の食作法は器を手に持って箸で食べるのが基本。ご飯とおかずが一体になった丼物は至極便利。ファストフードとして発達しました。
 明治に入ると牛鍋の具を載せた牛丼が登場し、今や人気絶頂。そして鶏肉の細切れを煮て卵でとじた親子丼は昭和の初め。やがて和製洋食の傑作である豚かつを丼だれで煮て卵でとじたかつ丼が1935(昭和10)年に誕生し、これまた人気食となっています。いずれもみな甘辛味です。江戸・東京の味の特徴です。これら丼物のルーツをたどれば、室町時代の芳飯にたどり着くのです。

伝承料理研究家●奥村彪生

お天気カレンダー 線香花火

 梅雨が明けると夏本番です。例年7月後半に梅雨明けの地域が多くなります。お盆を過ぎると朝晩中心に夏に陰りが見えてきます。盛夏と呼べる期間はだいたい2~3週間と、日本の夏は短いものです。
 真夏の夜に静かに線香花火を楽しむのも良いですね。線香花火は火花の散り方が四つのステージに分けられます。初めは「牡丹」。牡丹が咲き誇るように火花が力強く飛び出します。次は「松葉」。激しく直線的に火花が飛び出すさまが松の葉に例えられています。火花の勢いが弱まると、「柳」の葉のようにしなだれるようになります。最後は菊の花びらが散るように火花が落ちる「散り菊」です。線香花火は春から秋への歩みを表現しているかのようで、最後は燃え尽きるまで長く余韻を残します。
 線香花火を見ながら、季節の移ろいに思いをはせてみませんか。

●日本生態系協会

季節の室礼  七夕

 7月7日は七夕の節句です。新暦だと梅雨真っただ中の行事ですが、月遅れで行う仙台などの七夕まつりでも曇り空の確率が高いそうです。旧暦ではちょうど上弦の月が出る頃で、彦星が月の舟に乗って天の川を渡るように見えます。
 七夕の雨は「催涙雨」と呼ばれ織り姫と彦星が会えたうれし涙と、また離れる悲しい涙雨だといわれています。でも、カササギが羽を広げて天の川に橋を架けてくれるので、雨でも2人は会える、という言い伝えもあります。このカササギが白鳥座(デネブ)のことで、織り姫のこと座(ベガ)と彦星のわし座(アルタイル)を結んだのが夏の大三角形になります。
 ササ飾りは江戸時代からの風習です。ササダケは成長が早く、天高く早く願いが届きますようにと、短冊などを飾り付けます。昔は翌日にササ飾りを川に流しました。これもササ飾りが天の川にたどり着いたら願いがかなうといわれていたからです。今では環境に配慮が必要ですね。
 今年の七夕は、ササのコケ玉盆栽を飾るのはどうでしょう。ササ飾りよりも長く楽しめます。形の良い盆栽を買ってくるのもいいですし、自分で作ることができるコケ玉キットも売っています。七夕の夜は願い事を書いた短冊を添えるのも忘れずに。

和文化講師●滝井ひかる



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